無毒トラフグ革命

食品衛生法とフグ

すべてのフグの肝は提供禁止一食品衛生法(木村道也)

理人は自由にフグの肝を提供できるのか、それとも法的に提供
れているのだろうか。関連する法をみていきたい。

①営業の自由と食品衛生法

本国憲法は、わが国の最高法規である (81条)。このため、憲
る人権を侵害する法は、たとえ国会の決めた法律であっても無
そこで、まずは、憲法が料理人にどのような権利を保障しているのかみていきたい。

憲法は、国民に職業選択の自由を保障している(22条1項)。

この職業選択の自由には、自分がやりたい職業を選ぶ自由(=料理人になるかどうかを決める自由)だけではなく、どのような「やり方」で自分の選択した職業を遂行するかについての自由(=営業の自由。料理人としてどのような料理を提供するか決める自由)も含まれる。職業は生計を立てる手段であるし、これに留まらず、個性の発揮の場としても重要であること、職業で個性を発揮するためには、どのような方法で職業を遂行するか自由に決められる必要があることなどがこの自由が保障される理由である(芦部と高橋2020).

これを素直にあてはめると、料理人がどのような料理を提供するかは、憲法が保障する営業の自由であるから、料理人がフグの肝を提供するもしないも、営業の自由として憲法によって保障されていることになりそうである。


しかし、憲法は、他人の生命や身体を脅かすような「やり方」の営業までも、保障するものではない(このことは、職業「殺し屋」を遂行する営業の自由を憲法上保障すべきか、考えてみると分かりやすい)。かりに、料理人等に対し、有毒・有害な飲食の提供を営業の自由として保障してしまえば、消費者(他の国民)の生命や身体に重大な危害が及びかねない。

そうすると、一般的には料理人等に営業の自由が保障されているが、すくなくとも人体に有害な食品の提供という「やり方」まで、憲法は、保障していないと考えることになるだろう。

別の角度からもみてみたい。憲法には、国民の生命や身体を含む健康で文化的な最低限度の生活を守るために、国に対し、「公衆衛生の向上及び増進」の努力を求める規定もある(25条2項)。
そうすると、憲法は、料理人等に営業の自由を認める一方で、国に対し、国民が人体に有害な食品等で被害を受けないように規制をすることを要請しているといえるかもしれない(伊藤
2019、大林2021)。

ここまでの話をまとめると、結局、憲法は「料理人は、どんな料理を提供するか決める自由があり、基本的には、規制されずに提供できる。しかし、人体に有害なものなどを提供する自由までは保障されていない。一方、国は人体に有害な料理の提供を規制することができるし、また、規制することが望まれる」と規定していると解釈することになるだろう。

憲法の下に制定された、現実の法体系もこのような考え方で整備されているといってよい。

食品衛生法は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、国民の健康の保護を図ることを目的として、食品の安全性確保のために必要な限度で、規制等を行う法律である(1条)。

ここで注意しておきたいのは、食品衛生法は、国家が理想とするあるべき食を追求することを目的とするものではなく、ゼロリスクの食の安全を求めるものでもないということである。同法は、(人体に有害でない飲食を提供する限りで)料理人等に憲法が営業の自由を保障していることを前提に、国民の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を実現するために、必要な限度で(=衛生上の危害の発生を防止するために必要最低限の範囲で)、規制等を行う法律として位置付けられている(日本食品衛生協会2020)。

②食品衛生法とフグ

食品衛生法6条2号は、有毒な・有害な物質が含まれる食品やその疑いのある食品の販売等を、原則として禁止している。
フグは有毒なTTXが含まれていることを理由に、この条文によとして販売等が禁じられていると解されている。
しかし、そうであれば、私達は、料理店でフグを食することはできないはずである。私達が、フグ料理店で美味しいフグを食することができているのは、なぜだろうか。

食品衛生法6条2号は、上記に続けて、例外的に「人の健康を指
れがない場合として厚生労働大臣が定める場合」には販売等を禁じないとしている。そして、厚生労働大臣が定める食品衛生法施行規則1条2号は、有毒・有害な物質が食品に含まれていても、自然に含まれるものであれば、処理又は毒性・有害性の程度によっては、「人の健康を損なうおそれがない場合」に該当しうると定めている。

私達がフグ料理店でフグを食することができるのは、この例外、つまり「処理」または「毒性・有害性の程度」として、一般に人の健康を損なうおそれがない場合に該当する、と取り扱われているためである。

それでは、フグに、どのような「処理」をすれば、あるいは、どのような程度の毒性・有害性であれば、一般に人の健康を損なうおそれがないと認められるのか。法令(食品衛生法、食品衛生法施行規則) だけでは、はっきりしない。

③通知「フグの衛生確保について」

厚生省(当時)は、1983年に、「フグの衛生確保について」と題する二つの通知を出して、フグにどのような処理をすれば人の健康を損なうおそれがなくなるのか、どの程度の毒性であれば人の健康を損なうおそれがないのか、基準を示した。厚生省環境衛生局長が都道府県知事·政令市市長・特別区長宛てに発出した通知(以下、「局長通知」 という。)と、厚生省環境衛生局乳肉衛生課長が都道府県・政令市・特別区の衛生主管部(局)長宛てに発出した通知(以下、「課長通知」 という。)である。

もっとも、これらの通知は、法令ではなく、あくまで行政が考え
であり、見解である。本来、行政内部の基準や見解に国民や裁判所を縛る力はない。国会のつくる法律でなければ国民や裁判所を拘束できないからである。

しかし、だからといって、これらの通知が国民とは無関係といいきることもできない。飲食店の現場を監視する役目を担う行政機関(保健所等)は、基本的に、これらの通知にしたがって行動するから、国民は拘束されないけれども、この限度では、国民とも関係することになる。
このため、料理人等は、ひとまずは、フグについて、これらの通知にしたがった行動をすべきことになる。そうでなければ、行政との関係で、食品衛生法に反するといわれてしまう危険があるからである。

さて、局長通知では、フグの種類毎に可食部位が定められた。そして、可食部位以外は、「個別の毒性検査により有毒でないことを確認」するか、定められた「塩蔵処理」を行った上でなければ、販売等ができないとしている。

一般にフグ料理店では、これらの通知にしたがい可食部位のみが提供されている。一方、フグの肝は、局長通知に記載のある可食部位に含まれていない。したがって、通知に従えば、たとえ無毒であっても、「個別の毒性検査により有毒でないことを確認」するか、「塩蔵処理」をしなければ、消費者に販売等できないことになる。なお、ここでいう「個別の毒性検査」 とは、「その毒力が概ね10MU/g以下であることを確認」することであり(課長通
知)、また、「当該検査の方法、検査対象部位等について、厚生労働省医薬・生活衛生局食品監視安全課にあらかじめ協議」 することも求められている(局長通知)。

そして、現在のところ、すくなくとも、全国的には、個別の毒性検査により有毒でないことを確認した上でフグの肝を販売する例はないようである。

食品衛生法6条に違反した場合の制裁

食品品衛生法6条に違反して、有毒な(あるいはその疑いのある)食品の販売等を行った場合、同法60条(平成30年改正前(以下「旧」という。)55条)によって、食品衛生法に基づく営業許可の取消、営業の禁止、一時的な営業停止を命じられることがある。同法59条(1日54条)によって、有毒な食品等を廃棄や廃棄命令、その他改善などの措置を命じられることもある。なお、これらの行政上の措置は、通常、都道府県知事(保健所設置市にあっては市長)が権限をもつ。違反の有無の調査も国ではなく自治体が行うことになる。違法な処分がなされた場合、処分を受けた料理人等は、行政訴訟を提起することができ、最終的には、裁判所の判断によって決着をつけることになる。

これらの行政上の制裁とは別に、刑事責任として、同法81条(旧
、3年以下の懲役・300万円以下の罰金に処せられることがあり、提供した者が所属する法人にも罰金となることがある (88条(旧78条))。これらの刑事責任は、行政機関のみの判断で科せられることはなく、裁判所の判断によって、はじめて負うことになる。大阪地方裁判所2016年(平成28年)8月9日判決(D1-Lawcom判例体系28243710) は、4店舗で、継続的にフグの肝臓を提供していた飲食店経営者に対して懲役1年6か月罰金300万円を科し、懲役刑について3年間執行を猶予した(なお、この飲食店経営者は、食品衛生法に違反することを自認していた。後述するが、本格的に争っていれば別の結論となった可能性もある)。

⑤無料であれば提供できる?
食品衛生法6条2号が有毒な・有害な物質が含まれるような食品やその疑いのある食品の販売等を原則として禁止していること、そして、フグの肝は通知では可食部位に含まれていないため、たとえ無毒であっても販売等が禁止。